歴史上の人物から尊敬する女性を見る

尊敬できる女性には具体的にどのような人物がいるのでしょうか。
歴史上でもそのような女性はたくさんいますが今回は、津田梅子を紹介します。
日本人女性の偉人として知られている津田梅子ですが、どのような人生を送った人物かご存知でしょうか。
津田梅子は元治元年(1864年)に津田仙の次女として生まれました。
父は女子教育に関心を持っており、梅子は8歳にして岩倉具視使節団に同行してアメリカに行くことになります。
幼少期をアメリカで過ごすことになった梅子は明治15年で帰国しましたが、アメリカの生活に慣れた梅子にとって日本の生活は馴染みにくかったようです。
日本語よりも英語が堪能になっていたことに加え、西洋の学問や見識を生かす場もなく、次々と勧められる縁談にも嫌気が差していたようで生涯独身を貫きます。
その後、アメリカ人の友人の勧めで24歳の時に再度留学し、生物学を学びました。
成績は優秀だったようですが、3年で帰国します。
この時の留学経験で女子教育の必要性を感じ取ったのか、帰国後は女学校の講師を歴任しました。
そして、明治33年(1900年)女子英学塾を創設すると教養としての学問ではなく、実用的で専門的な学問を女性達に広めていったのです。
大正8年(1919年)に塾長を退くと、10年後に脳出血で64歳亡くなりました。
女子英学塾は現在も津田塾大学として続いています。教育制度はその後も改定を続け、男女の区別なく教育を受けられるようになりました。
それは女子教育に人生を捧げた津田梅子の功績とも言えるでしょう。
結婚生活に縛られることなく、自分の使命を全うした彼女の姿は現代の尊敬される女性像にも通じるところがあるかもしれません。